河口鍋匠
其家に伝へて云
天明国家か後胤なりと
人皇九十七代光明院の御宇暦応年間
河州丹南郡より此所に移り住するよし
其子孫今猶こゝに栄へて連綿たり
野村コメント: 絵の炉はキューポラの前身とも言うべきもので、
形状が醸造に使った甑(こしき)に似ていることから
「こしき」と呼ばれた。屋外での作業は雨風に影響されるので
屋内に設けて排熱や排ガス(煙)を機械で屋外に出すように
改良されたのがキューポラである。