角田河渡

名にしおはゝ いさこと問ん 都鳥
我思ふひとは ありやなしやと
                  在原業平

 野村コメント:鎌倉時代に隅田川渡河のルートが橋場であった以上、平安前期の業平のルートはここより下流ではない
         というのが図会の認識である。つまり、現在の言問橋付近(揺光の之部牛島神社、開陽之部浅草寺)はもちろんのこと
         桜橋付近(揺光の之部長命寺、開陽之部前節)ですらなく、本節の最北部に位置付けてこの図版を配置している。