図会の冒頭の項目は武蔵で、風土記以前はやまと言葉を万葉仮名で表した「牟邪志」などが使われていたことを記述している。風土記の提出に当たっては、「天皇に御目通し頂くものだから好い字を使え」というマニュアルが示されたという。長秋は、風土記から50年余り後の白雉献上に際し側近の公家から「武力を蔵に納め、文化を尊重する意味でめでたい」と褒められたと書いている。
 私は、公家などが東国を蔑んで使った「アズマエビス」と同様で「むさくるしい」の意味では ないかと思う。側近の公家が発した言葉も、差別してきたことを乗り越えられることの確認のように思える。
 現在では韓国などは、「風土記以降の日本の地名は自然地形、土地利用その他地域の実態を表すという地名本来の役割を欠いている」と国際会議などで主張して定着している日本起源の地名の使用を制限しようとしている。瑞祥地名